認知心理学

保有効果(Endowment Effect)

閲覧数: 5
一言でいうと

保有効果とは、同じ物であっても自分が所有すると、所有していない場合より価値を高く評価し、手放すために要求する金額が取得のために支払う金額を上回りやすくなる心理現象である。

概要

保有効果(Endowment Effect)とは、ある対象を自分が所有しているという事実によって、その対象に対する主観的価値が高まり、所有していない場合よりも手放すことへの抵抗が強くなる心理現象である。行動経済学、判断・意思決定研究、消費者心理学などで広く研究されている。

代表的な現象は、ある商品を所有している人が、それを手放すために最低限要求する金額(Willingness to Accept:WTA)と、同じ商品を所有していない人が取得するために支払ってもよい最高金額(Willingness to Pay:WTP)との間に差が生じることである。多くの実験ではWTAがWTPを上回る「WTA-WTPギャップ」が観察される。

保有効果を広く知らしめた代表的研究が、Daniel Kahneman、Jack L. Knetsch、Richard H. Thalerによる1990年のマグカップ実験である。参加者の一部へマグカップを与え、その所有者が売却を希望する価格と、非所有者が購入を希望する価格を比較したところ、所有者は買い手よりも高い金額を要求し、市場取引量も標準的な経済理論が予測する水準を下回った。

伝統的な経済学では、人の選好は対象を所有する前後で基本的に変化しないと仮定される。しかし保有効果は、所有状態や参照点によって対象の価値評価が変化することを示しており、プロスペクト理論、損失回避、現状維持バイアスなどと密接に関連する。

一方、保有効果の発生メカニズムについては単一の説明が確立しているわけではない。損失回避による説明に加え、心理的所有感、自己との結び付き、所有による注意や記憶の変化、取引経験、実験手続きへの誤解など、複数の要因が研究されている。

検証内容

保有効果は、主に実験経済学や心理学の実験によって検証される。

代表的な方法は、参加者を所有者群(Seller)、購入者群(Buyer)、選択群(Chooser)などへ無作為に割り付け、マグカップ、チョコレート、ペンなど実際の商品を使用して評価額を測定する方法である。

所有者群には商品を与え、「いくら以上なら売却してもよいか」というWTAを回答させる。購入者群には商品を提示し、「いくらまでなら購入してもよいか」というWTPを回答させる。その後、両群の評価額や実際に成立した取引数を比較する。

保有効果が存在する場合、所有者のWTAが購入者のWTPより高くなり、理論的に予測される取引量よりも実際の取引量が少なくなる。

より厳密な実験では、Becker-DeGroot-Marschak(BDM)方式などの誘因整合的な価格申告手続きを用い、参加者が自分の本当の評価額を回答する経済的インセンティブを設ける。

また、参加者が商品を所有する時間、商品への接触、選択の有無、心理的所有感、売買経験、商品の代替可能性などを操作し、どの条件で保有効果が強くなるかを検証する研究も行われている。

近年では、オンライン市場や実際の消費行動データを用いたフィールド実験、神経画像法を利用して所有状態や損失に関連する脳活動を測定する研究も行われている。

なぜ起こるのか

保有効果の代表的な説明は、プロスペクト理論における「損失回避(Loss Aversion)」である。

人間は同程度の利益と損失を比較した場合、利益を得る喜びよりも損失による心理的苦痛を強く感じる傾向がある。商品を所有すると、その商品を持っている状態が参照点となるため、売却することは「商品を失う損失」として認識される。

一方、商品を所有していない人にとって、購入しないことは通常、既に所有している物を失う損失ではない。そのため、所有者は非所有者よりも商品を高く評価し、手放すために高い対価を要求しやすくなる。

第二の説明は心理的所有感(Psychological Ownership)である。対象を「自分のもの」と認識すると、その対象が自己概念の一部として認識され、主観的価値が高まる可能性がある。

さらに、所有することで対象へ注意を向ける機会が増え、商品の長所や利用可能性を考えやすくなる「所有による情報処理の変化」も指摘されている。

一方、経験豊富な市場参加者では保有効果が小さくなることが報告されている。頻繁に売買を行う人は、商品を自己の所有物ではなく交換可能な財として認識しやすいため、売却を損失として捉えにくくなる可能性がある。

また、実験参加者が取引ルールを十分理解していないことや、商品についての不確実性がWTA-WTPギャップを拡大させるという批判もあり、保有効果の大きさは実験条件によって変化する。

日常での例

・長年使っている車を中古市場の相場より高く評価してしまう。
・購入した株式を「自分が選んだ銘柄だから」と手放せなくなる。
・自宅の売却価格を近隣の市場価格より高く設定してしまう。
・不要になった服でも、所有しているため捨てることに抵抗を感じる。
・フリーマーケットで、自分の商品だけは実際の相場より価値が高いと感じる。
・無料体験期間中に使い始めたサービスを解約しにくくなる。
・ゲーム内で入手したアイテムを、取得前より価値のあるものとして感じる。
・自分が育てた植物や制作した作品を市場価格以上に高く評価する。
・会社で長年使用してきたシステムを、より効率的な新システムへ変更することに抵抗を感じる。
・相続した家具や時計を使用していなくても手放せない。

実生活への応用

ビジネスやマーケティングでは、消費者へ商品を一時的に所有・利用してもらうことで心理的所有感を形成し、購入や継続利用につなげる方法が利用されている。

無料体験、試乗、試着、サンプル提供、返品可能な商品販売などは、消費者が商品を実際に使用する機会を増やす。使用期間中に「自分のもの」という感覚が形成されると、商品を返却したりサービスを解約したりすることが心理的損失として認識される場合がある。

オンラインサービスでは、プロフィールのカスタマイズ、プレイリスト作成、データ保存、アバター制作など、ユーザーが時間や労力を投入することで心理的所有感が形成され、サービスから離れにくくなる可能性がある。

投資では、保有している株式や資産を過大評価していないか定期的に確認することが重要である。「今この資産を持っていなかったとして、現在の価格で新たに購入するか」と考えることで、所有状態から距離を置いて判断しやすくなる。

断捨離では、「いくらなら売るか」ではなく「今持っていなかったら、いくら払って買い戻すか」と考える方法が、保有効果の影響を確認する手掛かりになる。

企業経営では、既存事業、社内システム、製品、アイデアなどを「自社が所有しているから」という理由だけで高く評価していないか検証する必要がある。第三者評価、市場データ、機会費用などの客観的指標を導入することで、保有効果による意思決定の偏りを軽減できる。

恋愛や人間関係でも、長期間維持している関係そのものを過大評価し、現在の関係の質を客観的に判断できなくなる場合がある。ただし、人間関係には愛着、共有経験、社会的結び付きなど多くの要因が関係するため、単純に保有効果だけで説明することは適切ではない。

注意点・誤解

保有効果は「所有した物を必ず高く評価する」という絶対的な法則ではない。商品の性質、所有期間、取引経験、心理的所有感、市場知識、実験手続きなどによって効果の大きさは変化する。

また、WTAがWTPを上回る現象がすべて保有効果によって生じるわけではない。所得効果、代替財の不足、取引費用、不確実性など、標準的な経済理論でもWTA-WTPギャップが生じる場合がある。

「無料体験を提供すれば必ず売上が増える」という理解も誤りである。利用者が商品に価値を感じなければ心理的所有感は形成されず、複雑な解約手続きや不透明な契約条件は企業への不信感を生む可能性がある。

保有効果とサンクコスト効果は区別する必要がある。保有効果は「所有していることで対象の価値評価が高まる現象」であり、サンクコスト効果は「既に投入した回収不能な費用や時間を理由として行動を継続する現象」である。

また、保有効果と現状維持バイアスも関連するが同一ではない。現状維持バイアスは現在の状態を変更せず維持しようとする広範な意思決定傾向であり、保有効果は所有によって対象の評価や交換意思が変化する現象に焦点を当てている。

初期研究では損失回避が中心的説明とされたが、その後の研究では心理的所有感、自己との関連付け、注意、記憶、取引経験、実験手続きなど複数の要因が提案されている。そのため、保有効果を単一の心理メカニズムだけで説明することは避ける必要がある。

この記事は役立ちましたか?

役立った数: 0

共感した数: 0

出典・参考文献

この記事をシェアしよう